正社員時のわたし、無職のわたし。家族への関わり方

もうひとつ、無職なわたしに変化。

 

ずっと働き続けてきたとき、親へのあたりがきつい人間だった。

大いに親の責任にしたいけど、、お互いさまだ。

 

細かいことは置いておく。

 

いま、わたしの親へのあたりは、今までにないほどに穏やかだ。

ひとつは、いちいち反応しなくなった。

もうひとつは、母親が、やさしくなった。

 

 

正社員時、常に腹が立っていたし、常に承認を欲していた。

身内に対しても、友人知人に対してもだ。

 

お金はあるし、保険などの公的な費用も払っている。それでも私は常に、アッパーな感じの焦燥感にかられていた。

 

常に焦っていたし、常に疲れていた。

 

親の一挙一動に腹が立っていた。

そして、特に働こうとしない人間を羨んで、貶めようとした。

 

いまはダウナーな感じなんだけど。

ダウナーに焦っているし、ダウナーに疲れている。

ただ、いまさら親に当たろうとぜんぜん思わない。働いていない人をやっかむこともない。そうゆう点では、心穏やかだ。

 

常にあがいてきた。

結果見えたことは、親は私の育て方を大きく間違えてくれていた。

特に母自身が社会不適合気味、今でいうところの働いていてもかなり浮いている感じだった。

 

母の育った家庭を聞くとこちらも大きな問題がある。子供が健全に育てる家庭ではなく、いつ見捨てられるか常にビクビクするしかない感じだったようた。

わたしは幼少期より、母親からそんなことばかり聞かされていた。

 

家庭では子供がびくびくして、捨てられまいとして親の言うことはなんでも盲目的に聞くというのはけっこう異常だと思う。

でも、それはそんなにおかしくないという見方を持っていたようにも思ってしまう。

 

実際そんなことも、よくあった。

私だってそうやって育ったからあなたもそうしなさいと言う圧があった。

 

父は人のことを包み込めるようなタイプではない。自分しかいないタイプだ。

 

引き継いでしまったことはあるし、考え方やものの見方の修正ができなかったというのが事実なので、もういたしかたない。

 

さらに私も、引き継いでしまったこと、それを自身で修正しようとして失敗した。そのおかげで、いまのわたしができたのだ。

 

今も腹がたつときかある。親のせいにしていたとこもある。

 

だけど、だからといって、当たる気にはなれない。仕事をやめ、自然にそうなった。いまの私には、実家のやっかいになる能力しかないからだ。

そんなので人に当たるだなんて、かっこわるいしおかしい。前のような対応をする気にならない。

 

親からすると育て方の結果だという自業自得だとは思ってる。

そして、自分が結婚できたとして、子供を産みたくないと強く思う。

同じ教育しかしてやれないぐらいならよい。でも、もっと酷くなる可能性の方が絶対高いからだ。

 

わたしも、自分の考えや行動を修正できなかったという点で自業自得なのだ。