共働きの離婚率

夫婦共働きの最大のメリットは、生活に余裕が出来ることかと思います。

 

遠い記憶ですが、私の親戚もそのパターンでした。子供を産まないという選択をされたので、ご夫婦の時間をしっかりとることができ、平和にされていると思います。

子供を産まない選択について、奥さんは歳だからなど、親戚一同より陰口は叩かれていましたが....

本人らからすれば余計なお世話でしかないでしょう。

これはこれでよいかと思います、個人的には。

離婚はされてません。あそこのご夫婦は、共に働いて生きていくことについて、うまくバランスをとってやれているのでしょう。

もしかしてそれ、珍しいのでは!?と思わないこともないですが、詳細は後述します。

 

あとは、共に社会に出ているため、家庭以外の世界も知ることができ、近視眼的にならない、などでしょうか。

うちの母親は専業主婦ですが、かなり近視眼です。自分の家庭生活の世界、自分の過去の勤務経験のみで物事をすべて判断し、人の話は聞きいれません。

こちらは本人の持つ資質にもよるかと思いますが。

 

 

ではデメリットはなにかというと、上にあげたメリットと正反対のことかと思うのです。まさに、表裏一体かと。

 

まず、子供を産み育てるということについてです。

産めるのは女性のみ。となると、最低限無事に産むために一定期間以上は仕事を休まねばなりません。

そこで疑問です。奥さんの会社は産休、育休制度を完備しているのでしょうか?

仮に整備されていても、使えるような職種でしょうか。

 

整備されていたとしましょう。復帰もできたとします。では、その次です。

保育園に入れることはできますか?

ここが最も大きな分かれ目な気がします。

 

入れることができなかった場合、もちろん、育児をせねばなりません。

その間、共働きで確保していた収入は激減します。

これは仮に奥さん側が復帰、旦那さんが育児をするというパターンでも言えることです。

 

結婚前からかなり緻密な家計のやりくりが、必要ですね!

 

入れることが出来た場合。

職場に復帰する場合、お迎えの時間に帰らせてもらえる環境でしょうか。

旦那さんはどうでしょう?

お迎えをしてくれる親御さんは、近くにいるでしょうか?

これらもクリアせねばならないハードルですね!

 

もうひとつ、社会を知れるというメリットの裏返しのデメリットです。

社会を知れるということは、「相手のしょうもなさ」も知れてしまいます。

誤解を与える表現ですが。。

仕事をしてると、なんとなくわかると思うんです。

 

つまり、「自分はこんなにも頑張ってるのにこいつは、、」「同じ職場のこの人はこんなことしてるのにこいつは、、」という状況になりやすいと思うのです。

どちらかは家庭、どちらかは仕事という分担がない場合、相手と同じ目線で仕事を見てしまいませんか。

なんか、別に相手がいなくてもいいよ、、、と簡単になりそうだなあと。

お互いへの思いやりが試される状況が、比較的訪れやすそうに思います。

 

あと、一番の懸念はやはりこれです。

「二人とも仕事で疲れるから、相手への気持ちの余裕がなくなる」

 

これ、一番のネックな気はします。

 

共働きで別居となった夫婦を知ってます。仲違いが耐えない夫婦も知ってます。離婚も聞いたことがあります。更に、疲労からセックスレスに陥り、夫婦がしたいタイミングでやれず、旦那が不倫三昧というのも。

 

うまくいってるのは、奥さんがパートである、在宅仕事である、などです。比較的どちらかに時間の余裕があるパターンですね。

 

わたしは婚期逃してますがw

いま再び出会いは頑張ってます。

離婚経験ある方なんかは、原因をお伺いすると、いろいろです。

 

「専業主婦→子供ができず奥さんノイローゼ」

「共働き→子供はできたが、奥さん仕事で鬱状態、旦那さんも仕事で疲労、お互いをケアできず破綻」

「共働き→子供できず→仕事に邁進しすぎて、家庭がどうでもよくなる」

「共働き→子供できる→旦那の子育てへの要求に、奥さんついていけず。かといって仕事辞めようとも思えない→超えられない溝ができる→子供の成長と共に離婚」

 

今のところ、圧倒的に共働きが破綻してます。まあ、婚活ですからね。既に離婚した人の経験談なのであまりあてにならないかもしれませんが、、

 

それにしても、30代半ば〜40代の方、ステータスが離婚の方は多いです。これはびっくりします。

 

付き合っている時でさえ、仕事のしんどさでセックスレスにはなりがちですしね。。。

 

更に、個人的な経験談ですが、男性は自分の仕事の話しをする際、「いかに自分が大変か、すごいことをしているか」を話されることが多いです。

 

こちらも疲れてます。そんな話しをしたいです。でもそれをすると、「俺が癒されない」問題になってきます。

 

前述しましたが、突き詰めると起こる目も当てられないこと、経験してます。

そんな話しをニコニコして聞いてられるのは、最初だけなんですよ。

自分がしんどくても、自分のつらさは小出しにし、相手を思いやろうというのは、ずっとは無理なんです。

 

数ヶ月経つと、本気で腹が立ってきます。

 

「こちらの方が大変なんだけど?」

「わたしだってすごい残業で休日出勤してるんだけど?なんであなたばかり、大変かのように話すの?」

 

これを出すようになると、どうなることかと。旦那さんもしんどいんです。癒されたいから、認めて欲しいから、自分の仕事のつらさを話すわけです。

そこで自分もつらい話しをすると、もうね、最初はいいんですけどね。

 

「たいした仕事してないくせに」が出たりする。

 

そうなってくると、ほんとにいらいらしますよ(╹◡╹)

 

共働きの収入は非常に魅力的ですが、私は結婚したらパート、または自営で在宅を目指したいのです。

または、フルタイム共働きなら、旦那さんと商売する方が、まだいいです。

 

でも、婚活で見ていると、フルタイムな共働きを求める方がやはり多いですね。。

男性は、女性も仕事してたら疲れるし、愚痴も言いたくなるし、ということを本当にわかって欲しいです。

 

収入が増える代わりに、癒しを求めることや子供のことは諦めて欲しいなあ、、というのはそこが理由です。

 

家族でよりよい生活がしたいし、これからどうなるかもわからないから共働きを選ぶわけですが、そのせいで喧嘩の絶えない家庭になるなど、すれ違いが起きてしまうと目も当てられませんからね。。

自分は、フルタイム共働きで、落ち着いて旦那さんのお話を聞き、ねぎらい続けるということを、ずっとできるとは思えません。

女性の性格を悪くするもののひとつは、仕事

残業をしすぎると、人間たぶん頭おかしくなります。

女性は感情の生き物なので、性格悪くなる傾向は特に強い気はします。

中でも、真面目に仕事のことを考え、業務を前に進めようとするタイプは危ないです。

とことん排他的になるし、愚痴や悪口が絶えず出てきますね。

 

すべて忘れるぐらいの趣味はありましたが、仕事に全力投球しよう!となるとあっという間に廃れるもんです。

休みの日など、エネルギー湧きません。

布団にの横たわり、外に出たくなくなるのです。それが冬なら最悪です。

 

ちなみにわたしはそのタイプです。

もう、そうなるのが嫌で嫌で仕方ない。

だからのほほんと、、と思っていたところで、そうなっている女性と巡り会いました。

 

いろいろあった気もしますが、ますます確信した次第。

 

前向きに仕事を捉え、真面目で責任感強いタイプの女性は、仕事やりすぎると性格悪くなる説です。

 

世の男性は、フルタイム共働きを求めるのは本当にわかります。でも、パートナーの性格をよく見極めて欲しいなあと願います。

 

真面目で責任感がある人は社内でそこそこのポジションは築けますし、稼ぎも良いでしょう。

 

ということは、かなり仕事してるんですよ。大体は。

 

公務員さんであろうと、民間であろうと、フリーランスであろうと、それは変わらないのではないかしら。

 

かなり仕事してる女性は、気持ちの余裕がなくなります。

 

そして、この記事でもっとも伝えたいことはこちら。

 

女性にフルタイムでの共働きをずっと求めるのなら、癒しは求めないでくださいませ。

そして、子供は諦めて^ ^

ほんと、頼みます。

 

 

いまのわたし

正社員を辞めて、お昼間働いてます。

派遣社員ではありません。パートや契約でもありません。形は委託です。

 

なので気楽にやれるだろうと思っていましたが、環境がなかなかあれで、そんなに気楽にやれません...

 

残業があまりない、派遣社員と違い年数に縛りがない、仕事内容がなかなか興味深いという理由で請けましたが、環境に振り回される日々でした...

 

とりあえず委託の分際で的な面と、委託なんて関係なしにやってくれ的な面を交互に出してくるので、委託の分際的な面を採らせてもらい、早く帰ろうとしている毎日です。

 

最近は、委託だからこそ遠目で観れるということも発見しました。

これが正社員だと、えぐすぎる環境だと思います。

正社員時のわたし、無職のわたし。家族への関わり方

もうひとつ、無職なわたしに変化。

 

ずっと働き続けてきたとき、親へのあたりがきつい人間だった。

大いに親の責任にしたいけど、、お互いさまだ。

 

細かいことは置いておく。

 

いま、わたしの親へのあたりは、今までにないほどに穏やかだ。

ひとつは、いちいち反応しなくなった。

もうひとつは、母親が、やさしくなった。

 

 

正社員時、常に腹が立っていたし、常に承認を欲していた。

身内に対しても、友人知人に対してもだ。

 

お金はあるし、保険などの公的な費用も払っている。それでも私は常に、アッパーな感じの焦燥感にかられていた。

 

常に焦っていたし、常に疲れていた。

 

親の一挙一動に腹が立っていた。

そして、特に働こうとしない人間を羨んで、貶めようとした。

 

いまはダウナーな感じなんだけど。

ダウナーに焦っているし、ダウナーに疲れている。

ただ、いまさら親に当たろうとぜんぜん思わない。働いていない人をやっかむこともない。そうゆう点では、心穏やかだ。

 

常にあがいてきた。

結果見えたことは、親は私の育て方を大きく間違えてくれていた。

特に母自身が社会不適合気味、今でいうところの働いていてもかなり浮いている感じだった。

 

母の育った家庭を聞くとこちらも大きな問題がある。子供が健全に育てる家庭ではなく、いつ見捨てられるか常にビクビクするしかない感じだったようた。

わたしは幼少期より、母親からそんなことばかり聞かされていた。

 

家庭では子供がびくびくして、捨てられまいとして親の言うことはなんでも盲目的に聞くというのはけっこう異常だと思う。

でも、それはそんなにおかしくないという見方を持っていたようにも思ってしまう。

 

実際そんなことも、よくあった。

私だってそうやって育ったからあなたもそうしなさいと言う圧があった。

 

父は人のことを包み込めるようなタイプではない。自分しかいないタイプだ。

 

引き継いでしまったことはあるし、考え方やものの見方の修正ができなかったというのが事実なので、もういたしかたない。

 

さらに私も、引き継いでしまったこと、それを自身で修正しようとして失敗した。そのおかげで、いまのわたしができたのだ。

 

今も腹がたつときかある。親のせいにしていたとこもある。

 

だけど、だからといって、当たる気にはなれない。仕事をやめ、自然にそうなった。いまの私には、実家のやっかいになる能力しかないからだ。

そんなので人に当たるだなんて、かっこわるいしおかしい。前のような対応をする気にならない。

 

親からすると育て方の結果だという自業自得だとは思ってる。

そして、自分が結婚できたとして、子供を産みたくないと強く思う。

同じ教育しかしてやれないぐらいならよい。でも、もっと酷くなる可能性の方が絶対高いからだ。

 

わたしも、自分の考えや行動を修正できなかったという点で自業自得なのだ。

 

 

 

依存と逃避の勘違い。

正社員時代に入り浸っていたものがある。

 

ひとつは占い。

ひとつはお酒の場。

もうひとつは買い物。

 

でも収入がなくなったので、それらには今は関わっていない。

というより、そんなことに費やすお金などない。

 

私は上記3つに対しては依存ではなかった。占いだけはあるかもしれないが。

 

依存しているなら、お酒に関しては禁断症状が出るだろう。酒場に関しても気になって仕方ないだろう。それらがいまは一切ない。飲酒や酒場への欲求は、正社員〜派遣〜正社員時代に頻発していた。

 

買い物に対してもそうだ。オンラインショップからのメールマガジンはチェックしていたが、今は開ける前に削除している。

 

飲酒と買い物は、目の前の現実から頭を切り替えるためのものだった。

一言でいうと、逃避なのだろう。

 

切り替えるためには別のなにかを使う必要があった。

つまり、正社員時代はそれができなかったのだ。

行きやすい酒場を見つけ、そこに入り浸ることで自身の寂しさや、鬱憤を埋めようとしていた。

市場調査の一環として見始めたオンラインショップでものを買い漁るようになったことで、自分は大丈夫、自分はいけてるという自己愛を満たそうとしていた。

 

占いについてだけは、今も見てしまう。さすがに課金はもうしないけど。

理由は不安だから。先々が怖いから。

大丈夫と思わせて欲しい。安心が欲しい。この動機は、正社員時代〜無職の今でも続いていることだ。

 

これらのことから、自分を支配しているのは、先々への不安なんだと思う。

 

誰かに決めて欲しい、正しさの物差しが欲しいという不安からくる欲求が非常に強い。

 

この部分を追求してゆくのはしんどい作業だ。

 

今は私は絶望している。

独立してやると息巻いていたんだけど。

単一化して、周囲と協調し、足並みを揃えることが根っから出来ない性質なのだという事実を、受け止めだした。

そんな人間は、食い物にされるだけではないのか。

ならばその状態を享受し、食い物にされるなりに幸せを見出せばよいのに。

 

たぶん物事には、見方を変えるとすべてが変わるという側面はある。

例えば、社会と関わることを避け、実家でずっと生きている人がいる。

結婚もしておらず、働いたことがないという人は私より上の世代にもいる。

その人は、毎日必死で働いている方からすると、許せなかったり見下したり、そしてシカトするという対象になる。

 

でも、本人は不幸なんだろうか?

そこで暮らせる環境があるから、働かない選択をしているのだ。

余分な資産があれば嗜好品を買うだろうし、どこかに旅とか行くだろう。

そんな資産がなくても、最低限生きていくだけのものはあるのだから、その生活が成り立つのだ。

 

社会保障や日々の食うものや光熱費などは自分が金銭を産み出さなくとも賄えるから、そんな暮らしが成り立つのだ。

 

割りを食うのは親であったりするし、周りはたまったものではないのだが、そんなの一側面に過ぎない。

 

社会保障額は、収入に対して決まる。

本人が借金を抱えていても、散財をしていて貯金がなくともだ。

自業自得や、仕方なしにといったソフト面などは、考慮していられないだろう。

 

ハード面ではそんな割り切りをする他ないだろうけど、本当は、働かない、稼がないことが、正しい、正しくないの二項で割り切れるものではないように思うのだ。

 

そんなにきれいに割り切れるなら、なぜ働かない人、働けない人、働いている人、働きすぎてる人が社会に混在しているのか、疑問に思う。

 

でも、はっきり言ってそんな風に生きれることはほんとに羨ましい。

年間に、稼ぐ額が10万を切っていても生きていける環境が、その人たちにはあるという事実が羨ましくてたまらない。

 

働くことに対して支障がない人間は働き、社会を回すのが理想だ。

そうすれば世の中健全に回るだろう。

 

でも、さまざまな事由で無職であったり、収入が激減する人が後を絶たないのが現実だ。

 

そんな現実を踏まえて改めて。

自分がなりたいのは、働かない人だ。

静かに好きな本を読み、なんらかのアウトプットをするだけで生きていける人だ。個人的に興味があるし、やりたいことも出てきているのだが、日々最低限の暮らしがないと焦りで消耗する。

 

生きてるだけでお金がいる。

お金がない環境で、好きにアウトプットなんて出来ない。

 

だから、自業自得であれ、生まれ持った環境であれ、お金がない人間はなにかをする必要が出る。無理矢理にでもだ。

 

ずっと、私はなんでもやってきた。

自分を削って働いてきた。

削るというやり方しかできなかった。

 

なら削るだけ削ってお金を貯めていられればよかったけど、ダメだった。

 

フル稼働で働き続けるには、前述したような逃避、依存となる対象が私に必要だったことが現実だ。

仕事に依存して消耗し、消耗を少しでも満たすために別のものに逃避するというループが正社員時代の自分であったのだ。

そんなのでお金が貯まるはずもない。

 

いま、独立な話が出てる。契約日は決定済みだが、具体的な時間はまだだ。

注意して読もうとするところも捻り出した。もしこの契約が不利な場合でも、余程のことがない限り受けてみるしかない。いまは。

 

自分という人間に関して言えば、なにをしても出口は同じだとやはり思ってる。

諦めに近い。

 

私は一切働かずに生きることが出来る環境にはいない。最低限のバイトはせねばなるまい。

 

正社員のプレッシャーに耐えられず摩耗した。仕事はこなせるのだが、摩耗して逃避するのだ。結果お金はなくなる。派遣や委託よりは安定はするが、先々続く保障など、ない。正社員神話は絶対に崩れてゆく。

 

派遣も委託も契約に縛られるのは同じ。

派遣の方が面倒な手続きをしなくてよいし、社会保険の本人負担が減る、雇用保険に入れるというもので、それは大きいけどね。

 

今後一番注意したいのは、摩耗による逃避だ。あれは、洒落にならない。せめてお酒と過剰な買い物は今後の人生避けてゆきたいものだ。どれだけ使ったのかわからない。

飲むときは、溺れないぐらいがよい。

 

摩耗せずに自己管理をして働く。これが労働にあたり、当面の私の課題である。

 

嫌でたまらないのが本音

本音を突き詰めると、私は働きたくない。なぜ働くかというと、お金がいるからだ。

 

お金の問題が解決されるのなら、絶対働かない。好きな勉強をし、好きな研究をし、それをブログなどでアウトプットして生きることを選ぶ。

そのアウトプットが、どこかの誰かの役に立てばいいのにと思う。

そこで金銭が発生するならいうことはない。

 

お金を稼ぐことを目的として生きたくないことが本音だ。

 

でも、生きているだけでお金はかかる。

税金や社会保障などは、自分にはかなりの負担となってしまう。

けっこう稼げていたけど、日々のストレスで占い、飲酒、買い物にはまり、貯金はほぼない。

 

おかげで今は貯金も恐ろしくギリギリなので、財布の紐は硬い。

 

しかし社会保障などの公的なお金は私を追いかけてくる。

両親にとっては、私が家にいる時点で負債だ。

だから自分でどうにかやるしかない。

ただ、いつまでもはやれない。

安心: 連絡がある

契約締結日について、連絡が来ました。

 

ノートパソコンに関しても、解決。

ノートパソコン用意しなきゃ契約しないという感じなのかと割に本気で思った。

 

となると購入する必要が出てきますが、たぶんわたしは釈然としない思いにかられることでしょう。頭では納得しても、です。

そもそも常駐で委託だなんて、時間の自由が利かないではないか。

しかも諸々の事情で、たぶん委託にしては安い。

自分でやることが増えるゆえ、手取りも勤めている頃に比べると減る。

それでもうけたのは自分で、業務委託という形態ではパソコンなどの備品をあてにできないのはたしかだ。

だが、、というループに陥っていました。常駐でパソコン必須な職業なんだから、それぐらいなんとかして用意してくれよ!です。

せめて契約内容いじって、備品購入代含むとか初回でやってくれと。。

 

 

しかし、ノートパソコン別にいいよとなれば、今後のために買おうかなという気持ちにさえなってきましたよ。活躍できるなら、デスクトップの他に業務上必要となるでしょうからね。

現金なものです。

 

頑張り次第だな。

どこまでやれるのだろうかという。

 

というわけで、ひとつずつ着実にやっていきたいと思います。